大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和47年(ワ)9484号 判決

原告

伊与田敬二

右訴訟代理人

白石道泰

被告

日本道路公団

右代表者総裁

前田光嘉

右訴訟代理人

川谷幸知

〈外一名〉

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

(一)  被告は原告に対し金一二五万七七八三円およびこれに対する昭和四七年一一月二八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

(三)  仮執行の宣言。

二、請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨。

第二  当事者の主張

一、請求原因

(一)  事故の発生

昭和四七年三月五日午後二時三五分頃自動車運転者の投げすてたタバコの吸いがらにより、愛知県宝飯郡音羽町長沢西千束地内の東名高速道路下り線ぎわの道路法面の枯草から出火し、折りからの北西の強風に煽られて283.56キロボスト(東京を起点として283.56キロメートル)の地点から東に向つて282.32キロボスト地点付近まで燃え広がつた。このため同高速道路と名古屋鉄道名古屋本線との間の通路法面および民有地の山林や竹木等が幅約五〇メートル、長さ約一二四〇メートルにわたり約2.6ヘクタール焼失した。〈以下、省略〉

理由

一請求原因(一)の事実は当事者間に争いがない。

二被告が東名高速道路の設置および管理者であること、被告が本件火災現場である道路法面にウイービングラブグラスを植栽したことは当事者間に争いがない。原告は、枯草になると燃えやすいウイービングラブグラスを東名高速道路の法面に植栽したことが道路の設置の瑕疵であると主張するので先ずこの点について判断する。

道路は通常予想できる事故や災害に対し安全性を備えていることを要し、これを欠いでいればその設置に瑕疵があるといわなければならない。すなわち、第一に道路は本来人や車の通行の用に供されるものであるから、その構造が通行の安全性について欠けるところがあれば設置に瑕疵があることは明らかである。第二に、道路からのおよび道路への落石、盛り土の崩壊のように道路が構築物としてその構造上当然予想される危険に対して防止設置がとられていなければ設置に瑕疵があるというべきである。第三に、道路を設置すれば近隣に日照阻害を及ぼしたり、走行する自動車によつて騒音、震動および排気ガス等による被害が発生することはその性質上通常予想しうるから、これを防止する措置がとられていなければ設置に瑕疵があるというべきである。

これに対し、道路を設置したからといつて、沿道の建築物や竹木に火災が発生するとはその性質上通常予想できることではない。したがつて、道路設置者としては設置にあたり火災の発生を予想してこれを防止する措置を講ずる必要はないものというべきである。原告は、自動車運転者の投棄するタバコの火によつて道路法面に火災の発生する危険があることを予測することは経験則上可能であると主張するが、本件火災現場附近の東名高速道路が開通した昭和四四年二月一日(後記認定参照)以前において、右の危険を予測できた特段の事情を認めるに足りる証拠はない。そうだとすると、仮に原告主張のとおり、本件火災現場附近が地形上、気象上火災の発生しやすい条件を備えていたとしても、本件火災現場附近の道路法面にウイービングラブグラスを植栽したことが設置の瑕疵にあたるということはできない。

三次に管理の瑕疵の有無について判断する。

本件火災現場附近の音羽町地区の道路法面から昭和四四年以降原告主張の回数の火災が発生したことは当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、ウイービングラブグラスは草丈一メートル余に及び、かつ一株から数百株も繁植し(このことは当事者間に争いがない。)、冬期に枯草になると燃えやすくなり、タバコの火によつてもたやすく引火すること、また本件火災現場附近の高速道路は昭和四四年二月一日に開通したが、昭和四五年一月までの間にその法面の枯草からタバコの火による火災が前記のとおり四回発生したこと、そこで原告は同年二月一二日付で中部管区行政鑑察局に対し火災の発生に危険な同法面の枯草を刈り取ることを要望し、同鑑察局は被告の名古屋管理局にその旨申入れたところ、同管理局は火災発生防止のため善処する旨回答したことが認められる。

そこで、被告が本件高速道路法面の枯草からタバコによる火災の発生を防止するためどのような処置をしたかを検討する。〈証拠〉によれば、次の事実が認められる。

被告は先ず立看板や横断幕を道路の諸所に張り運転者にタバコを投棄しないよう注意を促すとともに、昭和四六年四月五日高速道路法面の草刈りを実施するため訴外日本ロード・メンテナンス株式会社との間に法面の草刈り等の請負契約を締結した。同訴外会社は本件火災現場附近について、昭和四六年一二月一六日および同月一七日にその切り土面(本件火災現場はこれに属する。)の、また昭和四七年二月二二日および同月二三日にその盛り土面の草刈りを各一回実施した。同訴外会社は四、五名を一組としてエンジン付ポータブル草刈り機で幅約五メートルの法面(このことは被告の明らかに争わないところである。)のうち路端から三メートルの範囲を刈り取り、刈り取り後切り土面は路上に散乱する恐れがあるのでただちに搬出し、盛り土面は先ず全体について刈り取り後に搬出するため刈り取つた草を一時現場に置くが、おそくとも一週間後にはこれを搬出した。そして、草の株が地表面より盛り上がつている場合は草刈り機が破損する恐れがあるのでその株の部分(一〇センチメートルになる場合もある。)を刈り残すことがあるが、それ以外は短く刈り取つた。

四高速道路法面の枯草から発生した火災は、本件火災を含め、いずれも自動車運転者が車窓から投げ棄てたタバコの吸いがらが直接の原因であることは前叙のとおりである。したがつて、これらの火災は高速道路の性質上当然発生する火災ではなく、自動車運転者が注意義務を尽すことによつて完全に防止できるものであることが明らかである。そうだとすると、自動車運転者の不注意による火災の発生またはその被害の拡大を防止するために、容易に実施できる効果的な手段が他に存在する特段の事情がない限り、被告がした前認定の処置は道路管理者のなすべき管理として十分であるといわなければならない。

そこで、右特段の事情の有無について次に検討する。

先ず高速道路法面に雑草を植栽することをやめ、これをコンクリート等で覆えば、自動車運転者の不注意による火災の発生をほぼ完全に防止できることは見易い道理である。しかし、〈証拠〉によれば、右の方法は自然の景観を害するばかりでなく、莫大な費用(新たに雑草を植栽する場合の約一〇倍)を要することが認められるので、これを道路管理者である被告に要求することは無理であるといわなければならない。

次に原告が主張するように、高速道路法面全部のウイーピングラブグラスを地上から五センチメートル以下まで刈り取ることによつて、被害の発生、拡大をある程度防止できることが容易に想像できる。しかし、〈証拠〉によれば、草刈機械を使用する場合は前認定程度の刈り取りが行なえるだけで、それ以上の刈り取りを行なうには人力に頼らなければならないことが認められ、それには相当の費用と日数がかかることが推認されるばかりでなく、後記認定のとおりその効果も必ずしも十分とはいえないので、これを道路管理者に要求することは相当でないといわなければならない。

そして、〈証拠〉によれば、次の事実が認められる。

被告は本件火災後、前記立看板、横断幕による注意喚起のほかにラジオで運転者に注意を呼びかけ、高速道路法面の草刈りを強化し、切り土面は路端から四メートル、盛り土面は路端から三メートルあるいは全面刈りをするまでその範囲を広げた。この場合機械の回転刃は盛り土面では三メートルしか届かないためその余は人力によつて刈り取つた。また、タバコの飛散の状況を実験して確かめたうえ、本件火災現場附近に昭和四七年から昭和四八年にかけて約四キロメートルにわたりそのガードレールの下に高さ約四五センチメートル、切り土面は高さ約八〇センチメートル、開き目一〇ミリメートルのプラスチツク製の網および開き目一五ミリメートルの鉄線の網(以下「防火ネツト」という。)を張つた。しかしそ、の後も火災は発生し、かつ防火ネツトを張つた箇所からも火災が発生した。このほか被告は本件火災現場にウイービングラブグラス以外の雑草の種子を播いたが芽が出なかつた。その後も被告は法面保護と火災防止の両面から最も適切な方法を発見するため、枯草に散布する不燃剤の開発や火災シーズン前に草を焼き払うなどの実験を試みたが、まだ有効な方法は発見されていない。

そうだとすると、前記特段の事情を認めるに足りる証拠はないことに帰するので、本件高速道路の管理に瑕疵があるといえないことが明らかである。

よつて、国家賠償法二条一項に基づく原告の本訴請求は失当であるから棄却すべきである。

五原告は予備的に民法七一七条一項および失火責任法に基づき国家賠償法二条一項に基づく請求と同額の金員の支払を請求している。しかしながら、国家賠償法二条一項に基づく請求と民法七一七条一項に基づく請求とは訴訟物が同一であつて本来一個の請求であると解するのが相当である。そして、本件高速道路は国家賠償法二条一項にいう公の営造物に該当するから本件については同法同条同項が適用される。したがつて、これに基づく請求について既に判断した以上、民法七一七条一項に基づく請求については判断する必要がない。

六よつて、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(瀧川叡一 新村正人 後藤那春)

物件目録《省略》

損害一覧表《省略》

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例